レーヨンなどの市場を侵食

2011-02-17

1955(昭和30)年は、戦後史の転換期にあたる。日本経済は数量景気を謳歌、その年のことを報告している56年の『経済白書』は「もはや戦後ではない」と戦後への決別を宣言している。この年、世は「神武景気」と呼ばれる未曾有の活況が訪れ、産業界は「技術革新」「消費革命」の波に乗って、目覚ましい発展を遂げ、合繊、合成樹脂など石油化学製品、「三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)」と呼ばれた電気製品などの新商品が次々と開発され、普及していく。繊維産業で急成長していったのは合繊産業。わが国の合成繊維の歴史は戦後、49(昭和24)年、商工省(現通産省)の省議決定「合成繊維工業の急速確立に関する件」により、合繊育成策が図られ、倉敷レーヨン(現クラレ)がビニロン、東洋レーヨン(現東レ)がナイロンを企業化することにより本格的なスタートを切った。その後、ナイロンは絹、レーヨンなどの市場を侵食していった。