便利さや効率が優先されて、音づくりへの情熱を「些細なこと」「趣味の問題」と軽視する風潮が出てきたことも、エンジニアからはよく聞く。「音楽録音が「集団作業」から絵描きや小説家と同じ「個人作業」になりつつあります。でも第三者の耳が介在しない一人の作業で創ったものは、どうもインターネットで公開されている個人日記のような感じがするんです。自分で自分のつくった世界に浸って喜んでいるというか……。プレイヤーの
「個人作業」になりつつある... の続きを読む
失業率は高度成長以前も高度成長中もほとんど変わらなかったが、同じ一パーセント程度の失業率が高度成長期にはいわば素直に「完全雇用」と理解されたのである。高度成長期に労働力不足が声高に語られたことも、すでに「完全混用」になったという実感を強めた。しかし、実感はいつも正しいというわけではない。高度成長期に労働力不足が叫ばれたのはたしかに事実である。だが、それは新規学卒者のことであって、中高年の労働市場は
中高年の労働市場... の続きを読む
私がパソコンに興味を持ったのは、まだインターネットも普及していないころです。その時は、まだHTMLというのはなかったように思います。私が知らなかっただけで、もしかしたらもうすでに使われていたかもしれませんが、タグというのはそれほど長く使われているものではないということです。最近は、インターネットが普及し、HTMLもどんどん進化しています。新しいCSSと呼ばれる言語も登場し、理論構造はタグで、装飾は
HTMLはサイトの構造を記述するもの... の続きを読む
強迫観念は、単独でも出現しますが、しばしば強迫行為と結びついて現れます。たとえば先の「4」にこだわる人の場合、不吉な考えが思い浮かぶたびに自分で決めたおまじないを十回唱える、ということもあり、そうなると両者の複合体になります。十回唱えるとすぐさままた変な考えが浮かんでしまう、ということもあり、というよりもそれがむしろ普通なので、せっかく唱えたまじないがすぐ無駄になり、また改めて十回唱えなくてはなら
強迫行為と結びついて現れる... の続きを読む
これからずっと(今に至ってもなお)周囲とのずれとして残る。周囲の人々、その人が癌というものをよく理解し、かつ、私の状態をわかっていると思われる人であっても、体を休めて養生せよ、と言う。休めばよくなるのか。休んで癌が治るならそうする。しかし癌は治らない。それどころか、休んでいる間にも癌は進行するのである。休んで回復する状態ではないのだ。それなのに周囲は休め休め、と言う………。休んでなんかいられない。
休むことは何も生まない... の続きを読む
たとえば、金融大再編前の大手都市銀行で、五十歳くらいの部長の年収は二千万円程度。それでも多いと思われるかもしれないが、これからは、そんなケチな話ではあなたの人生は終わらないのだ。くだんの銀行マンも転職先での活躍次第では、年収三千万円、五千万円も夢ではない。事実、数年前、私と同じ年の銀行マンをある大手ソフト会社に紹介した。最初は「平取締役で」とシブイことをいっていたが、わずか三年のあいだに常務、専務
これからは収入面では極端な二極化が進む... の続きを読む
景気低迷に基づく人員調整のため、企業が長く新卒採用を絞り込んできた影響で、同期入社の新卒がいない、もしくは非常に少ないケースが増えている。そのため同期の友人どうしでの競い合いや情報交換がないので、成長を実感しにくい状況が増えている。たとえば入社後、社内の各部門や支社などに配属されてみると、周囲を見渡しても同期は一人もおらず、自分の上の先輩は10年選手だったりする。やっている仕事は入社以来、ほとんど
自分がどの程度成長したのか客観的に比較する対象がな... の続きを読む
若手社員が三つのキーワードを実感できるようにするには、自分の頭で考え、提案し、行動して、その結果が自分の成果と認識できる環境をつくるしかない。人に言われたとおりにやっている限り、どんな成功も失敗も、自分の本当の経験とはなり得ないし、成長の実感も持ち得ない。しかし、こう反論する人もあるかもしれない。「若手社員が自分から行動してくれればそんな素晴らしいことはない。誰だってそうしてほしいと思っている。だ
若手社員はなぜ自発的に動かないのか... の続きを読む
あのころは、夜の時間が惜しくて朝方まででかけていることが多かったのですが、タルタル・ステーキを食べた夜は、寝つかれず、深夜のマンハッタン島をイエローキャブで走りまわり、男ともだちとクラブめぐりに興じていました。ある年のニューイヤーズ・イヴには何の計画もなく、やみくもに車を走らせて、気がついたら元旦をワシントンで迎えていたなどという、はちゃめちゃな日々もありました。そのころの写真を出して眺めると、私
肉食人間特有の、目に力のこもるきつい顔つき... の続きを読む
いまのソールとほぼ同じフットベッドを開発し発表した一九二〇年代に流行していたのは、ハイヒールであり先の尖った靴であった。こうした流行とはまったく逆の、つま先の開いた平らな靴であるビルケンシュトックは、展示会やサンプルの評判は靴の小売業者たちにはたいへん悪く、注文が入ったとしても返品が相次いだという。しかしながら、医学雑誌に載せた広告がもとで医学用の注文が入るようになり、危機を脱する。その成功をもと
効を奏した広告活動... の続きを読む